これができたら100万円ごっこ!!

何ヶ月か前に、子供とゲームをした。「これができたら100万円ごっこ」(笑)「天国に一番近い男(TOKIO松岡くん・陣内さんが出てくるドラマ)」もプラス。「1ヶ月以内にこの曲をピアノで弾けなければあなたは死にます。」って宣言されたら?絶対に何をおいても死にものぐるいで練習するはず!!またはこんなシチュエーションも・・1ヶ月間、閉じ込められた部屋で、目の前にあるのはピアノだけ!・・1ヶ月後にはきっとピアノが上達しているはず。子どもと私の宿題はこうだ。こうた・・漢字を20文字完全に書ける事。私・・・「もののけ姫」を両手でキーボードで弾けること。(楽譜は買わずメロディとコードの耳コピーからはじめる)期間は2週間。賞品は、こうた・・欲しがっていたおもちゃ。私・・こうたから100円もらう。(笑) 漢字は学校から出された課題で、それを面白くゲーム感覚でやってしまおうというのがきっかけだ。いやいやしなきゃいけないなんて誰だって嫌いだから。そして、子どもだけにさせるのは悪いので自分もつきあった。自分にとってもちょうどいい機会だと思った。2週間、時間を作っては練習した。こうたも頑張ってノートいっぱいに書いて練習していた。私も子どもも小さな発表会の日、なんとか成し遂げる事が出来た!やれば出来る!次は「夜空ノムコウ」が課題曲。このHP作りはそこまで「背水の陣」にしなくても楽しんで出来たけどね~どちらかというと、止めても邪魔しても押し切ってやるぐらい!
今私は、久々に自分に何か課題を出そうって思ってる。内容はまた今度。
この、「目標を持って夢をかなえる」って事に通じるものがあるが、「未来は今何をするかで変わる」とよく思う。今ぐーーっとがんばってやったことは5年後に花開くと勝手に思っている。そうでないとしても、自分に正直になって決断して頑張った事は途中間違ったように見えても結果的には自分の為になっていたりする!!どんなに夢みたいに思えたことも案外時間をかけたら出来るから不思議。物理的に無理なものは別。未来の図は自分次第でどうにでも変えられる!だって未来は白紙だから。まだ来てないから!誰にも分からないから!だったら最高にハッピーな、自分にとってハッピーな(結婚や出世などの一般論には当然合わせる必要なはない)予想図を描かないとね(^o^)想像しただけでわくわくするのだ。
もしも、出鼻をくじくのが好きな誰かが「そんなの無理」と笑っても、ここは頑張って「あなたの人生観をまねする気はありません!」って思う!!(相手に言うんじゃないの(^_^ゞ)
言われれば当然心は傷つくけど、その人の言葉を信じて自分の言葉を信じないなんて理由はないし、もったいない。無視して目的に向かって歩かないと「思うつぼ」。
でもへんな話し・・「未来は白紙」と思いつつ、「運命」って言葉も否定できない自分。矛盾しているだろうか?たぶん、たくさんの候補の道の内の一本が予知夢などに出て、未来はやはり自分の思い通りに自由に作れる思う。毎日別人になっても良いのだ。
それにしても、あの時無性にパソコンにさわりたくて、自分では持っていなかったので、1週間のセミナーに行ったのはなんだったのだろうか?また、タッキーを好きにならなければ・・第一、ケーブルテレビに加入していなければここではフジテレビの「怪奇倶楽部」は見られなかった。・・その後、自分のパソコンもどうしても欲しかったからローンで買ったのだ。欲しい欲しいと思いつつ、ほっておいたら、知り合いがたいして興味もないのに「いちおーパソコンぐらい持っていたいから」などと言い買おうとしていたので、正直くやしい気持ちもあって急いで買った。好きでしょうがないことを、そうでもない人が金に物を言わせ先に手にいれ、そのうえ自慢なんかされたら・・想像してみたとき、いつものその人の様子から相当耐えられない状態になるなと思ったのだ。こんなことは競争じゃないんだけどね。よっぽどパソコンへの思い入れがあったんだと思う。なぜか・・
ほっておくと、どうしてもそうしないといけない状況に追いつめられてかなう場合が多い。のんびりしてるパターンの時はそうだ。行動に移すのがおどろくほど早い場合もある。多面的である。
パソコン・テレビ・タッキー・・・そして、HPを衝動的に開設していなければ・・ここでこうして日記を書くことも、ネット上でたくさんの人と出会うこともなかった。そこで、どうしても「運命」って言葉が出てくるのだ。その時正直にやりたいことをやったから結果的にこうなったのだけど、こうなるために、あの時衝動が起きたとも思える。偶然好きになったんじゃなくて好きにならされたとしたら?パソコン、タッキー、知り合いの言葉、イラストや文章が好きな事・・どれが欠けても、今の状況は無い。これはこれで、またまたワクワクするお話。予知夢は確実に見るのだ。
どっちにしても、今いだいている夢(目標)が結果的に自分を助けるものになることは確かだと思う。DNAが自分に不利になることを家主にさせる訳がない。又は「神様が..」と言い換えても同じ。一時的に別れの悲しみがあっても次の出会いの為には必要な出来事だったとか・・経済的な苦しさがあったおかげでお金のありがたみが分かって大損をしなくてすんだとか・・・車が故障したおかげで事故にまきこまれなくてすんだとかいうことは、すべて誰か・何か・からの贈り物だ。
あの男があんな事を私に言った!と恨みごとで頭がいっぱいな時に、急にこういう考えが浮かんで、いきなり感謝モードになることがある。よくあるのは洗面所で歯を磨いてる時。「そういえばあれで頭に来て気合が入って頑張った。あの人が悪者になって(本人も気づかないうちに悪者にならされて)私を導いてくれてたりして・・」と。人はだいたいいつもまわりの誰かに、結果的には守られてる、助けられているね。苦労と言われるようなことも、全部たいくつな人生を楽しくするためのおもちゃかもしれないと思う。赤ちゃんである自分が飽きないようにタイミングよく与えてくれている神様からの贈り物だというイメージが浮かぶのだ。別に私はどこの宗教団体にも入っていないが。

とくな性格、しあわせなやつと皮肉る人もいるかもしれない。なんでも自分の都合のいいように考えるやつと思われるかもしれないが、何かが起きた時「なにくそ!」と思う性質が偶然そういう結果を生んだだけなのかもしれないが、脳の仕組みが「人間は自分に都合がいいように物事を判断する。脳は過去の出来事を美しく書きかえる。どんな結果も理由をつけて価値のあるものに変える。」ということだからかもしれないが。