苦労を苦労と思わない性格

私は子どもの頃から、たくさんの黒の中の小さな光を見つめるくせがついていた。そうしないとやってけなかったというのもある。一般的に不幸だとか苦労だとか言われる出来事(又は修羅場)があっても、「物語のいいネタになる」と思っていた。(本が好きで、お話を作るのも好きだった)何がしあわせか不幸かは人ぞれぞれで違うから、(私のしあわせはクリエイティブで自由な生活)人から見たらそうでもなくても私の中では充実していたりする。だから最近たくさんの光の中の黒い点を見つめてしまって心配症になってしまう時、「おっと、もったいない」と自分で自分につっこみを入れる。小さな希望をなくさなかった人間が、せっかくのたくさんの光を喜びもせず、心配してたらもったいない!「小さな悩みの種を見つけるのはやめましょう」と。
担任の先生も認めていた「逆境に強い」私だけど・・過去に1度、自分の本棚を見ていて涙が止まらなかった事がある。どうして私の本棚にはこんなにたくさん心を癒すためのヒーリング本や心理学の本が集まってるのかと・・そうならざるをえなかった自分の人生のいろんな事を考えて「死にたい!」と思った事がある。心がカザブタだらけになってるようで自分がかわいそうになったんだと思う。ひもつきのブレザースカートをはいて夢いっぱいでにこにこしてた少女の頃の自分が、心の奥から出てきて今の自分を見てびっくりした感じ。どうしてこんなになっちゃったの!?って・・
悪い事だけ拾って思い出せば悲しい。でも今私はやはり「ハッピー」で「ラッキー」な人間だと思う。不思議だけどいつも確信している。小さい頃からずっと、「私は強運」とたいした理由もなく思っていて、「信じる」という ちょっとでも努力の必要なこと ではなく、ごくあたりまえのこととして感じていた。なんでだろうね。みんなそうなのかな?(軽々しく、「おれは、ついてない」などと口にする人がいるけど、あれはやめたほうがいいと思う・・発する言葉は潜在意識にしみるから大切にしなければいけないと思う。)前夫との離婚前後もいっぱいいろんな事を考えた。私と子どもが遺棄された状態でも、1年間は耐えて待った。もともと悪い人ではないのだ。ただ、恋愛には良いが結婚し子どもができたとたん責任の重さから逃げてしまったのかもしれない。形式が大事か・・人としてまっとうな生き方を選ぶか・・今なら答えは簡単に出るが、その時はだめで、1.2年死んだように生きていた。色でいえば、灰色・・自分で自分が嫌いだと、人の事も好きになれない・・不幸と言うならこの時こそ不幸。体裁をとりつくろうために、自分の意志に反した生活をしていた。1円の食費ももらえない状態のうえ、赤ちゃんを抱え、思うように仕事もできないので出産後8ヶ月間は、母の世話になっていた。今なら自分の魂を傷つける相手は自分が許しても死んだばあちゃんが許さない!と、すぐに答えを出すだろう。「こんな不幸にするためにあんたを世に出したんじゃない。」と祖先が言っているような気がするのだ。人にひどい目にあわされても、改善しようとせずただぐちっているような人を見ると、「あなたはいいけど、祖先はなんと思ってるだろう?」と言いたくなる。傷つけられて良いはずがないのだ。それは、私にはそういう価値しかない・・と言っているようなもの。結婚崇拝が今だにあるが、思い切って飛び出してしあわせになる場合もあるのだ。不安もあるが、自分をごまかし続けても良いことはない。再婚についても同じだ。無理に経済的なことのために再婚した結果、子どもと新しい配偶者との間にトラブルがおき、子どもが犠牲になることがよくある。ひどいときには事件になり、ニュースに出ている。もちろん良い出会いがあり、自然な形で仲良くなれたらそれはとても素晴しいことだが、母と子がいつも新しい父の顔色を見ながら申し訳ないように生きなければならないとしたら?小さな屋根の下で、夫というだけで威張れるものと勘違いし、好き勝手するやつと、一緒に居なければいけないとしたら?そういう人を私はたくさん見てきた。さっさと、小さな狭い家を出て、高い空から見下ろしてみれば良い。何も結婚にこだわる必要はないと分かる。結婚という縛りがあるばかりに暴力をふるわれても、家庭内のことは口出ししないと警察に言われてしまう。強くて頼りになると思っていたら、その腕力が自分への暴力になって、もろ刃の刃になってしまう。親子以外の人同士は全て距離を保てる他人であるほうが良い。ついでに書くが、本当の男らしさ、女らしさとは、家族を見守るおおらかなやさしさを持つことだと思うのだ。異性に色気を振りまくことではない。人としてやさしく強く生きている人と自然な形で出会えるなら、結婚という形がなくても、しあわせな人生だ。それは振り返って分かることで、先のことを無理に作り上げるものではない。自分なりの「しあわせ」を自由に決めてしまえば良い。人生のむだづかいはやめよう。結婚・定職・学歴・・自分のしあわせはとりあえずこの中にはない。本質とは関係のないところで嘘っぽい力を使わなきゃならない事でしかない。なにごともなくて笑うのは簡単。泣きながら戦いながら、それでも笑っていた自分だから基本はとっても強いのだ。夢をかなえる邪魔をするのは自分自身。こんなふうに自爆しなくなれたのは、ネット、ネット上の仲間、タッキーのおかげだ。氷がはった池で小さな穴を見つけてやっと這い出したって感じ。やっと素直にまっすぐ好きな事をしてる感じ。今は「絵が好きで良かった!」って心の底から思う!タッキーが描けるから(^o^) あぁ、知恵熱出てきた・・
これ以上は結婚について書かない。生き方の言い訳を誰にもする必要はない。ただ、自分たちが今しあわせであることは確かだ。無駄なしがらみがなく自由、思い通りに生きられる。人はもともと自由なはずなのに、不自由を感じている人は、きっと、自分で自分を縛っているのだ。